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Katrine Madsen
 カタリーン・マッヅセン
 Vocalist
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<北欧を代表する歌姫>

1972年3月7日、デンマークのユトランド半島に在る都市、アアルヒュス市に生まれる。幼少の頃に教師をしていた両親の仕事の関係でデンマーク国内をはじめ、グリーンランドにも居住。15歳の時にベロ・ホリゾントの交換留学生としてブラジルに行き、ブラジル人の家庭に滞在しながらブラジル語(ポルトガル語)を習得、ブラジル音楽の洗礼も受ける。

数年後、アアルヒュスに戻った彼女は1992年、王立音楽アカデミーに入学。5年後にはディプロムを獲得する。1994年、アアルヒュスのミュージシャンを集めて自己のグループ、カトリーン・マッヅセン・スウィング・カルテットを発足し、主にユトランド半島を中心にツアー活動を始める。1996年、ミュージック・メッカ・レコードの主催者であるヘンニング・シェドラー氏の目に留まり彼の主催したコンサートに出演。そのライブ録音「アイアム・オールド・ファッションド」が彼女の処女作となる。

1996年秋にコペンハーゲンへ移住。同地のミュージシャンを集めて自己の新グループを発足し第2作「ドリーム・ダンシング」を発表。デンマークやスウェーデンの評論家達から絶賛を浴びる。歌手として活動するかたわら、講師としてフーネン島の音楽アカデミー(音大)でボーカルの指導をし、作曲活動にも専念。1998年、デンマーク国営テレビのライブ・セッション番組に元オスカー・ピーターソンのドラマーとしても著名なエド・シグペンのグループ、エド・シグペン・リズム・フューチャーズのゲストとして出演。番組収録直後スタジオに入りして録音された作品は、彼女の第3作目のアルバム「ユー・アー・ソー・ビューティフル」として1999年2月に発表。このアルバムは国際的にも高い評価を受け、この作品以降、他の北欧諸国を初めオーストラリア、ニュージーランド、日本等、国外でのツアーの頻度が増える事になる。また、この3曲のオリジナル曲を含んだこの作品以降、オリジナル曲の作曲にいっそう励む事になる。

2000年、彼女は作曲家として、デンマーク芸術財団より2年間のスカラシップを受け、同年、第4作目のアルバムを発表。「マイ・シークレット」と名付けられたこのアルバムには9曲に及ぶ彼女自身のオリジナル曲が収録されている。自己のオリジナリティーを確立する突破口となったこのアルバムは、国内外で絶賛を浴びる。デンマーク国営テレビの人気ドラマ「ザ・スパイダー」(英語名)でも彼女の作品はサウンドトラック盤で取り上げられ、彼女自身、番組の中に出演。また、同年12月には『森泰人・スカンジナビアン・コネクション』にて、ギター奏者スタファン・ウィリアム・オルソン、ピアニストのヤコブ・カールソン等と初来日している。

2001年1月、夫君でありコントラバス奏者でもあるジェスパー・ボーディルセンとの間に長男ヤコブが誕生。育児の間にもスウェーデンのボーヒュースレン・ビッグバンドとのツアーを行い、同年秋に録音された作品が、第4作「マジック・ナイト」として2002年夏にリリースされた。またこれを機にこれまでの作品を手がけてきたミュージック・メッカ・レコード内に自己のレーベル「ファミリー・レーベル」を発足した。

2002年、ファミリー・レーベルから第5作「ライブ・アット・ストックホルム」を発表。このアルバムでは、第3作でも一曲競演しているスウェーデンを代表する男性シンガー、スバンテ・テューレソンをゲストに迎え、デュオを披露している。この作品はモニカ・セッテルンドとビル・エバンス・トリオの名盤以来の傑作と高い評価を受けている。

北欧を代表する歌姫として、ヨーロッパをはじめ世界のエンターテイメントシーンで活躍している。

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18thに参加。